ここのところ「ゲームメカニクス」というゲームの仕組みを構造的に分析する本を読んでいるのですが、その中に「ゲーマー世代」と題したショートコラムが載っていました。

内容はこういうものです。

 

「ジョン・ベックとミッチェル・ウェイドは、現在のゲーマー世代は、過去の世代と比較して、ゲーマーとしての体験が理由で仕事に対する姿勢が違っていると説明する。たとえば、ゲーマーは失敗を惨事としてでなく、一時的な後退だと考えるようだ。何度となくリトライしたり、オンラインセッションをしきり直したりするのが日常の彼らは、失敗を恐れる感覚が薄くなっているのである。さらにゲームでは、どんな問題に直面しても、必ず解決策がある。すぐには見つからないかもしれないが、プレイヤーはゲームは公平で、デザイナーがチャレンジを乗り越える方法を組み込んでくれていると、暗黙的に信頼している。その結果、人生はゲームほど公平ではないものの、ゲーマーは実生活の問題に自信と、実現できるという心構えとをもって取り組むように訓練される」

 

ゲームをやっていると、ゲームの中で失敗するのは当たり前です。

ゲームの種類にもよりますが、慣れていないうちはゲームオーバーになることが多くなるように、ゲームは設計されているからです。

そのためゲームを頻繁に遊ぶ人間は失敗することに自然と慣れてしまいます。

ゲームのルールや操作法に習熟することによって失敗する機会は減少してゆき、ゲームで遊ぶ人間はその過程を楽しみます。

これが実生活でも失敗を恐れることなく、冷静に解決策を模索させる行動をゲーマーに取りやすくさせている、という話のようです。

 

私も頻繁にゲームで遊んでいますが、言われてみると失敗を恐れる気持ちはあまりありません。

失敗というのは誰でもいくらかは発生させてしまう可能性のあるもので、肝心なのはいかに早く、かつ的確にそれをリカバリーするかだ、と考えています。

人が失敗してもあまり腹は立ちませんし、それよりもこうすればその失敗は挽回できそうだな、と考える習慣が、いつの間にか身についています。

そういった傾向が身についたのはゲームで遊んでいたから、というのはありえる話かもしれません。

 

ひと昔前は、それが稽古事によって身についていた、という話を聞いたことがあります。

稽古事も素人が失敗をしまくるようにできていて、稽古事をすることで、人は自分がどういうことで失敗をしやすいのか自然と理解するようになり、実生活の重要な場面で同じことをしないように気をつけるようになっていく、という話です。

これってゲームで失敗に対する耐性と、対応法が身についていくのでは、という話に似ていますね。

 

失敗をした後でどうしていいかわからなくなる、過剰に落ち込んでしまう、という人はゲームを遊んだり、師匠について稽古事をする、といったことをしてみると、もしかしたら状況が改善されていくかもしれませんね。